ロックンロールに蟀谷を

踊れないほうの阿呆。Twitter:@oika

Audibleは読書じゃない

宮部みゆき『ソロモンの偽証』全3部(各上下巻で6冊!)を Audible で読了。
オーディオブックなので「読んだ」じゃなくて「聴いた」なのだけど、今のところ聴了という言葉はなさそうだ。

ソロモンの偽証について

『ソロモンの偽証』は宮部みゆきの2012年の小説で、映画化やドラマ化もしているけど見たことがなかった。

宮部みゆきの小説はだいぶ昔に読んだきり、どうも子供の描き方が大人目線というかわざとくさくて好きになれないなという印象だった。

本作も中学生たちが主役となる作品で、やはり前半はその中学生らしさのない感じに違和感を覚えつつ聴いていたのだけれど、後半はもう、ここまで振り切ってくるならそんな細けぇこたぁいいなと思えて、純粋に楽しめた。

特に第3部の臨場感よ。

Audibleの話

さて本題はそんな作品の素晴らしさについてではなく、Audible について。

このあいだの三体に続き、今作もまあ朗読が素晴らしかった。
ナレーターは羽飼まりさん。

10人以上もいる登場人物の声を完璧に使い分けていて、聴いている間は、これがたった1人の声優によって読まれているものだということをほとんど忘れている。

そして改めて思ったのだけど、これってやっぱり通常の読書とはだいぶ別物の体験だなということ。

オーディオブックは受動的な体験

通常の読書では、登場人物の声やしゃべり方を頭に思い浮かべながら、自分のスピードで読み進める。
漢字の読み方や、どの台詞を誰がしゃべったかということさえ、読み手に解釈の余地がある。

オーディオブックはこれらの逆で、読むスピードは(速度調整は可能であるにせよ)一定だし、登場人物も、この人はこういう声ですというのが完全に提示される。

映像情報がないという点で共通でも、読書とオーディオブックだと、 コンテンツをどれだけ主体的に消化するか という点でかなり大きな違いがあると、体感として思う。

端的にいうと、オーディオブックは読書に比べてかなり楽。勝手に読んでくれるので。

移動中や掃除中など使える時間の違いも大きいが、読書に比べて「さあ読むぞ」という心理的なハードルがなく、むしろどちらかというと、だらだらテレビやYouTubeを見てしまうときの感覚に近い。
逆にいえば、気持ちが入っていないときでも構わず勝手に読み進めていかれるので、「あ、ごめん聞いてなかった」となって数分戻すこともある。

読書がどうも習慣にできないとか、なかなか読む時間が(心理的にも)取れないという軟弱勢には、オーディオブックという媒体は強くお勧めできる。

逆に読書の主体的体験にこそ価値をおいているガチ勢にとっては、邪道で読書の喜びを台無しにするものだと感じるかもしれない。

なお、オーディオブックとの比較として、Kindleの音声読み上げ機能で疑似オーディオブック化する方法が挙げられることがあるが、少なくとも文学作品に関しては、機械音声での読み上げは受動的レベルにおいて通常の読書に近く、オーディオブックとは全くの別物と思ったほうが良い*1

オーディオブックが向いているもの

オーディオブックが向いているのは小説やエッセイ。
あるいは、とりあえず流し読みでいいかなくらいの軽いビジネス書。
それ以外はあまり向いていないと思う。

まず、リファレンス性がない。
特定箇所にブックマークをつけられる機能はあるが、紙や電子書籍への付箋と比べると、付けるのも探すのも手間が多すぎる。

電子書籍にもいえることだが、ピンポイントでの調べもののために辞書的に使うことにも向いていない。

そして、一読で理解できない箇所をゆっくり読んだり、繰り返し読んだり、ということをするのも簡単でない。

注釈や図解など、本筋から逸れる内容を視界の隅で補足する、ということも難しい。
デカルト『方法序説』は注釈の度にいちいち「チュウイチ」「チュウニ」と声に出して読まれて気が狂いそうになった。

Audibleは聴き放題?

つい先日、2022年1月27日から、従来のコイン制*2が廃止され、聴き放題のサービスへと変更になった。

しかしこれ、広告の仕方はちょっと悪質で、従来のコイン制での対象作品は「40万冊」だと宣伝していたのに、しれっと 「12万冊」以上が聴き放題! という点のみ強調している。

つまり実際には、聴き放題対象の作品と、対象外の作品とに分かれることになった。
対象外の作品は、会員でも単品で購入が必要。

聴き放題対象外の作品と価格例をいくつか適当にあげると↓こんな感じ*3

書名 kindle Audible (非会員) Audible (会員)
アンドロイドは電気羊の夢を見るか? ¥644 ¥3,600 ¥2,520
嫌われる勇気 ¥1,188 ¥3,000 ¥2,100
夏への扉〔新版〕 (ハヤカワ文庫SF) ¥832 ¥3,500 ¥2,450
ザリガニの鳴くところ ¥1,881 ¥4,000 ¥2,800

Audibleの月額会員になっていれば30%引きの会員価格となるが、それでもコイン制だったときなら月額1,500円で買えたことを考えれば、一概にポジティブな変更だとは断言できない。

もし目当ての作品があって入会を考えているなら、あらかじめ聴き放題の対象かどうか確認しておくのがいいかも。

余談

Audibleでも、声優ではなく俳優などがナレーションをやっていて、意図してか意図せずか、登場人物ごとに声を変えたり演じ分けたりしていないものもある。
あまりにプロの声優さんが素晴らしいので聴き劣りしてしまうが、本来「朗読」ときいてイメージするものはこちらに近く、人物の声まで勝手に決めてほしくない人にとってはそれくらいのもののほうがあっているかもしれない。

ところで『ソロモンの偽証』では、第3部(下)のクライマックスを越えたあたりから急にナレーター羽飼さんの鼻息が聞こえるようになり、読んでいるほうも気持ちが高ぶってるのかと思ってにんまりした。

*1:音声読み上げについても以前書いた https://blog.oika.me/entry/2019/06/kindle-text-to-speech

*2:定額で月に1冊購入可能で、2冊目からは単品購入

*3:2022年2月9日 現在